2005年09月28日

いとう:松波(浅草)

いやー、月曜日はかなり飲んでしまいました。ただ、お酒をセープしているさとなおさんは初めて見たなあ(笑)。

「霞町嵐」のマスターが、大崎さんを大崎さんと知らず、果敢にラーメンの話をするところがヒヤヒヤで面白かったです。マスターは、ぼくらが帰った後、大崎さんとは「ラーメン屋さんのチェーン店展開がらみで元親分が弟子を拉致したとかいう事件が以前あって、あのときワイドショーでラーメン業界の構図を語っておられた人」と教えられたそう。マスターも「この人、真面目な顔してすごいこといってる」と覚えてたようで、後で大納得。

あの日の帰りに、大崎さんらしい逸話を語っておられたので再現。
あるラーメン好きの人「うち会社の近くに二郎というラーメン店があるんですが、ご存知ですか」
大崎さん「どこの二郎ですか(二郎って25店もあるんだけどなあ・・・)」
ラ好き「ああ、やはりご存じないんだ。あそこはね・・・(と続く)」


昨日書いておられた「ボン・ヌフ」は前をよく通るのですが、そんな郷愁をそそるメニューがあるんですね。昼にあの界隈に行くので今度のぞいてみます。ぼくもあのケチャップのナポリタンが意外と好きで、ナポリでもその原型「トマトとバジルのスパゲティ」を食べたのですが、日本のナポリタンも負けてなかったです(笑)。
あっ、それと「TITLE」でさとなおさんの石垣牛の話読みましたよ。しかしあんなに牛肉ばかり食べてたんですねえ。読んでるだけでおなか一杯です。

さて、明日からまたしばらく海外ということもあって、久しぶりに浅草の「松波」に行ってきました。いやーうまかったなあ。口に運ぶたびに絶句してました。さとなおさんが以前書いていたアルデンテのシャリ。ズバリ的確な表現ですねえ。「松波」のシャリは、表面は柔らかく噛み込むほどに腰があって最後まで鮨タネと絡んで離れない。親方がタネとのバランスを考えてこの固さにしたと言っておられるごとく(シャリが柔らかいと「握り」が「おにぎり」になってしまいますからとの冗談も)、これほどまでの高い完成度を口の中で感じることは本当に稀なこと。

また厳選された鮨タネも、仕事をしてあるのかどうか注意しないと分からない程度の微妙な味わいや香りがあって、それを探しつつ食べ進めるほどにぐんぐん深みに入っていく、というかタネ一つにも、どこまでも続く奥行きがある、みたいに感じました。柑橘類や塩を使わないのも魚本来の甘さや香りを損なわないため、だそう。反対に酢味噌、梅干し、大根などを使って、日本料理の中に伝統的にある魚とそういった調味料との相性も鮨の中で追究しているそうです。浅草の外れで遠いし相当高いですが、季節ごとには訪れたい名店ですね。

で、その後銀座に流れ「Y&M Bar」に。御大毛利さんが登場したところで彼のオリジナルカクテル「ジャマイカン・マティーニ」を注文。毛利さん曰く「ジャマイカン・マティーニは、ラムとシェリーを使うんだけど、HavanaClubのラムとドンゾイロのドライシェリーじゃないとこの味はでないんだよね。いろいろと他の酒でも試してみたけど、この二つのようにはうまく絡まないんだよ」

くしくも「生魚でも、やっぱりサバには味噌、ブリには大根が合うんですよ」と語っておられた「松波」の親方と毛利さんのその言葉がぼくの中で響きあい、一晩でこんなすごい二人から、食べる・飲むすばらしさを享受していただくことができた、最高に幸福な夜となりました。

さてさて、明日からまた2週間ほどジュネーブ、ミラノ、パリに出張します。せっかく対談の雰囲気が盛り上がってきたところなのにすみませんが、しばらくお休みします。
posted by 伊藤章良 at 18:13| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月16日

いとう:ひろ鮨(都立大学)

前回「お詫び」だけでしたが対談を書いたので、すっかり自分の番だとは思っていませんでした(笑)。すみません。

さて、都立大学駅から柿の木坂へ向かう途中にある(住所は八雲ですが)「ひろ鮨」に行ってきました。ここは自由が丘の「鮨幸」から独立した若いご主人が、奥様(たぶん)と2005年の7月にオープン。元気で気持ちのいい店との評判を聞いて早速出かけました。

確かに、見かけはとても若いお二人が切り盛りする「ひろ鮨」は、ハイクラスの鮨店としての清潔で凛とした雰囲気と、やんちゃでアグレッシブな面とがうまく共存する居心地抜群の空間。ご夫婦揃っての、まじめで丁寧な接客も好感が持てました。なんというか、きちんと毎朝築地に通い、夫婦でうまく作業分担しながら真っ当な江戸前鮨が出せる店を営んでいこうとの、ひたむきさも魅力の一つかなあ・・・、などと微笑んでしまいました。

鮨タネ以外のつまみを出さないところも(あの場所で鮨タネ一本でやっていくには大変だと思うけど)とても意欲的。おみやげを頼んだ客にも、「おみやげの器を用意していないんでやってないんですよ」との回答です。

で、肝心のにぎりですが、口当たりのやさしい小ぶりの女鮨。お若いので強い男鮨も一瞬期待しましたが、そこまで求めるには酷かなあ。タネにはずらっと光物が並び、しめ鯖、カレイの昆布じめ、煮蛤など、仕事をしたタネも豊富に準備、ただ、出来栄えには多少バラツキを感じました。

「おこのみ」で食べたのですが、サンマを頼んだのにいわしも続いて出たり、ホタテをお願いしたときもそれ以外の貝も握ったりと、もしぼくが几帳面でケチな客なら、どうして頼まないのも出すんだよ、と返しそうですが、ぼくを鮨好きと見てサッと追加で出してくれる呼吸には個人的に高い評価。

おそらく普段の「しみづ」と同じぐらいの量を食べて(お酒は少なかったかも)一人10,000円を切る価格。日曜日の夜も営業しているので再訪意志を強くしました。
posted by 伊藤章良 at 13:02| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月11日

さとなお:山路(西麻布)

「ハンニバル」の原宿店は、以前サービスをしていた人が厨房に入っているそうなので、その点少し未知数です(彼も料理人らしいですが)。でも、たぶんおいしいでしょう。ボクも近々覗いてみようと思っています。

そうそう、「ハンニバル」って羊料理も多く、ボクは「もしかして羊たちを沈黙させる(殺して食べる)からハンニバル?」とか冗談で店の人に聞きました。もちろんそんな凝ったネーミングではなく、「チュニジアはもともとカルタゴと呼ばれていたんです。そこの名将軍ハンニバルの名を取って…」と世界史を復習させられてしまいました。カルタゴのハンニバルの話はココココで復習できます。

「山路」と聞くとすぐ西麻布の鮨屋を思い出してしまいますね。藤本繁蔵の弟子、館野弘光氏が握る店ですし。正確には二番弟子になるのかなぁ。板橋の「す々木」の鈴木民部氏と同じ時期の修業だったか……忘れましたが、あの西麻布の店にはいろんな思い出があります。

というか、わりと「高級寿司店にひとりで行くぞ!」と気負って行った最初の店だったかもしれない。

鮨屋はもちろんいろいろ行ってたのだけど(「次郎」「きよた」もその時点で経験済みだったと思う)、ひとりで高級鮨屋のカウンターに座って親方と対峙するという経験をまだしてなかったんですよ。噂に聞く藤本繁蔵の弟子(当時はまだ藤本繁蔵なんて名前知っているコアな鮨好きはほとんどいなかったけど)の鮨をぜひ食べたい、と力んでひとり寿司に挑戦したのでした。

あの赤い絨毯を踏みしめて親方の前にひとりで座ったのは約9年前。35歳前後のことだったかな。ちゃんとお金払う客なんだからビビる必要ないんだ、と自分に言い聞かせつつも、「こんな若者誰も来てないじゃん。こえ〜」「やっぱその店に来ていい年齢とかあるよなぁ〜」「それにしてもいくらかかるんだろう。4万円持ってきたけど大丈夫かな」「お好みで食べるとして、どういう順番で頼んだらバカにされないかな」とかとか、いろいろドキドキ考えてたのを昨日のように思い出しますね。

親方(館野氏)は無愛想な人なんだけど、ボクのドキドキを見透かして、次々と「今日はヒラメがいいですよ」「コハダはどうですか?」「煮ハマ、いってみます?」とか語りかけてくれ、上手に緊張をといてくれました。ま、どんなに経験者ぶってどう取り繕ってもカウンターのあちらからは見え見えだったのでしょう。途中からボクもそれに気づいてすべてを親方に任せて食べました。お勘定も14000円くらいでホッとしたし(とはいえ35歳の身には超高額だったけど)、小上がりには芸能人の団体がいたりしてボク自身の自己満足度も高かったし、いわゆる「思い出の店」のひとつですね。

銀座の「山路」は何度も前を通りかかり「あの山路と関係があるのかなぁ」と気になっていたのでした。そうですか、そういう店なんですね。今度機会があったら行ってみたいと思います。一見でも行けるのだろうか。
posted by さとなお at 11:43| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月06日

さとなお:鮨真(西麻布)

伊藤さん、お帰りなさい。
ボクもちょうど激忙しい時期だったので、更新が空いたのはラッキーでした。先週はホント余裕がなかったし。

とはいえ、鮨には相変わらず行っていて、「鮨真」「與兵衛」に行きました。あんだけ忙しかったのによく行くよって感じですが。「與兵衛」での赤酢談義はさなメモの方にも書きましたが、それ以外にもわりと深く話をして楽しかったですよ。そのうちゆっくりどこかで書こうと思っています。

西麻布の「鮨真」は伊藤さんが「2003年 印象に残った店」で書いてられましたね。
友達に誘ってもらい、やっと行けました。平行な部分がほとんどない不思議なインテリアの店内は、そのせいかとても広く見えると同時に思ったより落ち着け、なかなか良かったです。シンプルできりっとした鮨屋もいいけど、こういう柔らかい空間もなかなかいいなと見直した気分。
親方の真ん前に座りましたが、かなりの強面なので最初は気詰まりでした。でもたまにニコッと笑って、それがとても可愛い(失礼!)ので、やっぱ強面の人の方が得だなぁとか思いましたね。強面の人はたまに笑うだけでそれが値千金になる。いいなぁ。
どちらかというとつまみ中心の店で、感心したお料理もあったけど、正直、全体に印象の薄いつまみだったかも。握りは赤酢でかなり柔らかめに握ってありとても優しい味。バランスはまぁまぁだけど、もうちょっとポイントがほしいと思いました。結局ひとり2万円強したので、それだけするならば、もっと印象が強い握りがいくつかないと苦しい。以前は安かったようですが…。ただ、わりと飲んだしわりとつまんだので、普通に食べたらもう少し安いのかも。

それにしても、そんなに奇を衒ったフレンチとかアニョーとかアニョードレ(くそー!)とか食べたなら、ちょっと丸くなって帰ってきたんじゃないですか(皮肉)。いいな〜アニョードレ。
posted by さとなお at 21:33| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月22日

さとなお:「鮨なかむら」と「鮨しみづ」

伊藤さん、昨晩はありがとうございました。
サン・カルロ歌劇場のオペラ「ルイーザ・ミラー」最高でした。大量に浴びた波動がまだ身体の中に残っています。

終演後にいっしょに行った六本木の「鮨なかむら」。ボクは初訪問でした。
実はもう少し「おつまみ系」の鮨屋だと想像していたんですね。なんかちょっと「すし昴」的なイメージを勝手に持っていたんです。でも、なかなか志高い鮨でした。やさしく小さな、いわゆる「女鮨」なんですが、やさしいなりにバランスもよく、世界最高峰のオペラを全身で受け止めてハードルがガシンガシンに上がってしまっている舌(というか感性)にちゃんと応えてくれた気がします。
おぼろをかませたコハダ、ゆず味に仕立てたカスゴ、バランスよくネギをきかせたアジ、カステラ状のタマゴにいたるまで(少々やさしすぎる握りはありましたが)、いい流れで構成してくれたと思います。味の流れをきちんと意識してくれる鮨屋はいいなぁ。
店主はまだ相当お若いのですね。少しビクビク気味な物腰が客を不安にさせます。年期を積んでもっと自信が出てきたら、もう少し「強い握り」に成長するかもしれません。期待します。

あそこでも話しましたが、いわゆる「男鮨」の典型みたいだった「鮨しみづ」(新橋)が、最近相当色っぽくなってきていますよ。いい意味で男っぽさがあった握りだったんですが、少しバランスが「やさしさ」方面に傾いてきました。ボク的には少し残念な部分とうれしい部分と両方あるのですが、きっと過渡期みたいなものなのかなと感じています。バランス的にはより良くなったし、時代(流行)にも合ってきている。しばらくこの方向もアリなのかも。
ただ、前々回よりも前回、前回よりも今回、という感じで「やさしさ」が増しているのが少し心配。ある程度やさしさを追求した後、もう一度バランスを男鮨側に返していくのだと想像(希望)しているんですが、このまま流行に合わせて進んでいって最終的に「単なる弱い握り」になったらイヤだなぁ。

ボクは基本的に酢飯は固いのが好きです。
柔らかい酢飯でもタネとのバランスさえ良ければ喜んで食べますが、このごろ全体に酢飯が弱い店が多すぎますね。なんのためにタネと酢飯をわざわざ合わせて握るのか、を考えてくると、あんまり弱い酢飯では握り鮨として成り立たないと思うのですが。
って、わりと鮨の自腹で痛い目に遭うことが多いので、少し愚痴ってみました。
posted by さとなお at 15:27| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月28日

さとなお:喜よし

「PINOT Provence」は店名が相当スノッブというか狙っているというか…。
料理のボーダレス化(フュージョン化)は本当に激しいですよね。日本ではボーダレス料理(無国籍料理?)を出すのはダイナー系っぽくなっているけど、きちんと志の高いボーダレス料理を食べてみたいと思う昨今。どこかありますか? あまり行かないので知らないのですよ。適当なインスピレーションで作った創作料理ではなくて、きちんと元ネタの凄さを理解した上での組み合わせボーダレス。

ニューヨークでは、たとえばイタリアンなら、「イタリアン・イタリアン」と「アメリカン・イタリアン」と「ジャパニーズ・イタリアン」のみっつに分化しているような印象をうけました。これはボーダレスというよりはフュージョンだけど。でもここにフレンチとかインドとかエスニックとかの影響が入ってくると、逆につまらなくなっちゃうのだろうなぁ。難しいですよね、ボーダレス。

話は大きく変わって、お鮨。
昨日数年ぶりに「喜よし」に行き、これで短い期間に「銀座小笹」「喜よし」「神泉小笹」と系譜を回ったことになりました。
くわしい印象はそのうちサイトで書くと思いますが、男鮨・女鮨で分けるなら、「銀座小笹」>「喜よし」>「神泉小笹」な感じでクッキリですね。下北小笹の故・岡田周三氏が握った鮨に一番近いのはやっぱり「銀座小笹」。「神泉小笹」は小笹系列の匂いがほとんどしない印象でした。「喜よし」は、数年前よりずいぶん大将からも握りからも角がとれた印象です。角がとれたというか、すごくナチュラルになった感じ。このまま「普通の店」になっていくのではないかと一瞬危ぶまれるようなナチュラルさでしたね。いい意味での普通さ、なのだけど。
posted by さとなお at 11:36| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月01日

いとう:元「青木」のこと

こちらこそ、お忙しいてころありがとうこざいました。このブログのいいKICKOFFになりました。
「はしぐち」の鮨は沈んだなあ・・・。次郎以上でした。なんだか生きているみたいで食べるのを一瞬ためらったりして。ご主人・女将さんとも、腰が低く上品で素敵な人でした。すべてにやさしい感じなんだけど、価格を除けばね。

東京に出てきて浜松町の某店で江戸前の洗礼を受け、そのあと先代の「青木」が気に入って、紀尾井町にがあったころはずいぶん通ったんです。今の「はしぐち」より多少すすけて古い雰囲気だったけど、椅子は当時の「青木」から同じでした。
当時、店を切り盛りする青木ご夫妻には、背が高くてがっちりとしたイケメンの息子がいて、ビールを運んだりするのを手伝っていましたが、ぼくの見ていた印象では、彼は鮨店を継がないんだろうなと思っていました。

その彼は、今や押しも押されぬ銀座の名店「青木」の親方になりました。弟子も独立するぐらいだから立派です。そして、紀尾井町時代からおられたお母さんは今もご健在。ただ、銀座の今の「青木」の鮨は、先代のものとはかなり違うと思うし、なんとなく「林家こぶ平」的なものを感じるなあ。

さとなおさんは、銀座の「青木」は、値段以外は高評価のようですが。
それと、現青木親方が、ニューヨークにある「BOND STREET」という、レオナルド・ディカプリオが結婚披露パーティをしたことでも有名な鮨店とコラボをした話を、以前何かで読みました。こっちは「中村勘九郎」なのかもしれません。

「伸び上がる鮨」の話は、誰から聞いたかは思い出しました(笑)。もう一度店名を聞いておきます。(って、本人も確か店名は忘れたといっていたような)

posted by 伊藤章良 at 11:12| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

さとなお:鮨「はしぐち」

伊藤さん、昨晩はご一緒していただき、ありがとうございました。

「はしぐち」(麹町)は10年前に「握りの神髄」(文春文庫)という本を読んで以来、ずっと行きたかったのだけど、なにしろ6席しかない店ゆえ、わりと予約取れなくて、行けてなかったのでした。

その本では江戸前握りを三店取り上げているのだけど、「すきやばし次郎」「おけい寿司(八重洲)」と「はしぐち」なのね。「すきやばし」と「おけい」に混じって当時無名 & 開店して間もない「はしぐち」が入っていたのでビックリしたのを覚えています。だからどんな店なのかと興味津々だったわけ。
まぁ文藝春秋から歩いていける、という立地や、元「青木」だったことなんかもあるのかもしれないけど。

置かれたらぐっと沈み込む鮨とは聞いていたけど、あそこまで顕著に沈むとは面白かった。
沈むと言うより踊っている印象。踊る握り♪
伊藤さんが昨晩言っていた「伸び上がる握り」の店を早く思い出すように(笑

鮨の印象が少し弱いところがあるけど、雰囲気や接客が抜群に良いので、満足度の高い店ですね。
posted by さとなお at 06:26| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする