2017年03月31日

いとう:くろいわ(恵比寿)

「㐂邑」って、少し前ですが一時期低迷してたことがありましたよね。木村さん自身にも迷いがあったと思います。でも、ミシュランで突然二つ星を取って話題をさらい、がぜん息を吹き返した。
ミシュランの日本における数少ない功績だと思ってます(笑。

木村さんを、一度新宿の「鳥茂」にお連れしたことがあるんです。
毎日10席未満の客を相手にしている中で、百席ちかい店内を常に満席にし、クオリティの高い料理を過不足なく出し続けている店に、相当驚愕し、「鳥茂」の料理をものすごくおいしそうに食べてたのが印象的。常に感動し吸収する姿勢が違うんでしょうね。それが、他の鮨店ではできないご自身の道を究めるモチベーションにもなってるのかなあと思います。

蛇足ですが、「㐂邑」の㐂という字、インターネットで普通に出るようになってきましたね。人形町の㐂寿司(が隆盛を極めてた頃って決して出なかった。それも「㐂邑」が人気店になったおかげかなあと、少し考えたりします。

ぼくも、「㐂邑」同様、孤高で崇高に独自の道を歩む日本料理店「くろいわ」を取り上げます。

「くろいわ」は、5年前のオープン当初も少し話題になりましたが、店の敷地に巨大マンションが建つということで立ち退きになり、一年半ほど前、徒歩数分の近い場所に、相当グレードアップした新たな店舗を設けました。

賞を獲りたい、有名になりたいをモチベーションに頑張る若い世代も個人的には頼もしく感じているのですが、「くろいわ」の店主はまさに正反対。食文化を探求すること継承することに余念がなく、食マスコミやインターネットの雑音もほとんど興味がない様子。

ぼくは、この「くろいわ」をすばらしいと感じる人こそ、本当に日本料理が好きなんだろうなと、実は思っています。今、特に東京の日本料理は極端な話題先行型で、一部の店にのみ興味や高評価や客が集まるという、なんともいびつな状況。
そして、その一部の店が本当に優れていたらいいんだけど、妄信的なファンによって評価や人気が誘導されているようで残念なんですね。まさにここでも、先月さとなおさんが言った、落語の独演会ばかりが開催されてるんです。

「くろいわ」は、料理ももちろんですが、それに加えて日本の季節や文化そのものを全身で客に感じてもらおうと、入口から席に着き、帰り支度をして辞するまで、様々に喜びや感動が享受できる趣向を凝らしています。食事の席を日本人のイベントとして捉え、四季折々の祭事とともに、日本料理の持つポテンシャルを発揮できるようようトータルで思考し提案している店です。

もちろん、一席10万円ぐらいする高級料亭に行けば、上記のような所作はごく自然に表現されているのかと思いますが、「くろいわ」のご主人のような若さで、その点に気づき日々勉強しながら自分の親ぐらいの歳の客にも堂々と伝えていく姿が、魅力的なんですね。

「くろいわ」の椀は、塩・醤油などの調味料を一切使わずダシだけで味を調えるのだそう。信じられないぐらい奥深くて、「うま味」とは何かという基本を、改めて知らされます。
くろいわ」では5年寝かせた昆布を使っているそうで、オープン当初に買い込んだ昆布が、年経ってやっと真価を発揮してくれるようになりました。やっぱり料理屋って、5年はやってみないと何も分かりませんね。という言葉がとても印象に残りました。

日本人の冠婚葬祭に特別な場を提供するため、日曜日の昼から夜まで、ほぼ通しで営業し月曜休みにするという英断も、なかなか他ではできない度量だと思っています。
posted by 伊藤章良 at 22:08| 和食(小料理・割烹・郷土料理) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする