2013年01月28日

いとう:うを徳(神楽坂)

さとなおさん、今年もよろしくお願いします。
そういえば、「縄屋」に行っておられましたね。新年早々さすがのフットワークです。

>二子玉川の「すしき邑」(きむら:きは七が3つ)。

いやあ、ここはいい店ですよね。
天ぷら店でも修業をしたという個性派で、その天ぷら店から紹介されて、ぼくも行きました。実は「東京百年レストランII」で紹介させていただこうかどうか迷いに迷い、ある事情で断念したんですが、直後にミシュラン初登場二つ星。ぼくが星を逃したような気分でしたw。

さて、さとなおさんのお鮨紹介に対抗して、ぼくもお鮨にしたいなあと想いをめぐらせていたんですが、なかなか取り上げたい店に出会わず・・・。ちょっと遠いものの、同じく江戸前つながりで、明治時代から続く神楽坂の料亭「うを徳」を取り上げます。

「うを徳」は、神楽坂から一本水道橋側、軽子坂と呼ばれる通り沿い。神楽坂から本多横丁を折れて軽子坂に出たら右折すぐ。軽子坂には居酒屋「ちょうちん」をはじめ馴染みのお店が多いのですが、回りとは一線を画する「うを徳」の荘厳な玄関は、いつも前を通りながら「こんな店にどんな人が来るのだろう・・・」とか考えていました。

ところが、ひょんなことで「うを徳」の女将さんと知り合いになり、とても気さくな方だったし、せっかくのご縁と思って予約を依頼。10年来続く食べ仲間との新年会となりました。

こういった料亭の引き戸を開ける瞬間って本当にワクワクしますが、さらに、洋服姿しか存じ上げなかった女将さんが、もちろん着物でびしっと正座して玄関で待ち構えておられる姿を見て、「やっぱり、違うなあ・・・」と嘆息。時が止まったような二階の大広間に通されて、食事がスタート。

「時が止まった」という表現は、感動のニュアンスとして料理にも当てはまります。しっかりとした味付け、迷いのないストレート香り、十分な量。
それぞれ全ての皿が、ブレのない潔さといいますか、代々受け継がれてきた東京の味とでも表現するか。そこには、ネットやマスコミの餌食にはならなかった孤高の強さや伝統が脈打っています。東京の日本料理も新しい世代に入って発展目覚ましいですが、こうして「うを徳」の料理に接すると、やはりそれらは京都の模倣でしたないんだなあ、とまで感じさせられました。

聞けば、他から人を雇うことなくずっと家族経営で、親子で代々引き継がれた味を守っておられるとのこと。清酒もワインも一種類ずつしかないし、料理はコース二種類のみ。不器用な経営といってしまえばそうなのですが、「うを徳」に清酒やワインが何種類もあっても、それは余計でしかない。というか、一時代前って、どんな店もたいていそうだったような気がします。ところが、店のコンセプトを理解しようとせず、「ここには鍋島を置かないのか」みたいなことを平気で言ったり書いたりしてしまう生半可な知識の持ち主が増えた結果、カタログ的な店ばかりが乱立してしまい、逆に「うを徳」のようなやり方が希少で貴重になった。そんなことを考えさせられました。

実体のないスピリチュアルな話を飲食店に対して持ち出すのは個人的に「否」としつつも、いつも以上に会話も弾み楽しい夜となったのは、「うを徳」に漂う「気」のようなモノが、ぼくたちを心底リラックスさせてくれたのではないか、と密かに感じて納得しています。


posted by 伊藤章良 at 22:27| 和食(小料理・割烹・郷土料理) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする